【ブロッコリー計画】10年の節目の髪型

2023年3月16日
【50歳になる準備】
【ブロッコリーに僕はなるッ!】
【10年の節目の髪型】

今月末で50歳になる男には、一つの想いがあった。
10年ごとの節目には
「分かりやすい姿でいよう」というものだった。
それには髪型が一番いい。

10年前、40歳になる時には「白金髪」になっていた。
ただの金髪では無い。
何回も何回もブリーチを重ねた金髪を通り越したプラチナのような白金髪であった。


10年前の髪色。ネコヤナギのような感じ。

40歳は「不惑」と呼ばれ、平均寿命の短い昔の日本では初老と呼ばれた年だ。
そこであえて白金髪。ヤンキーと呼ばれる少年少女達がオキシフルで脱色する茶髪に近い金髪とは一線を画したストロングスタイルな「白金髪」であった。


2013年の髪型。これはまだ色抜きの途中の金髪。

ありし日の昭和プロレスファンにのみ分かる例えで言えば上田馬之助のような白金髪である。ワンピースのドフラミンゴと言った方が理解してくれる人は多いかもしれぬ。
もっとも、8回ブリーチしたその白金髪も、2ヶ月弱で地肌から生えてくる黒髪と夏を前にした煩わしさから、いつものように風呂場でバリカンで刈ってしまったのであるが…。

あれから10年経った。
男は50歳になろうとしていた。
「後で写真を見返して、ああ、アレは50歳になった時だ」と10年20年経っても分かる髪型は何か?

今から半年前、昨年の夏過ぎに、そんな悩みを持っていた彼が浜松の名店「映里沙」の大将のアフロに惹かれたのも当然だったのかもしれぬ。
アフロのカツラを被るなどという「ニセモノ」ではなく、本物の地毛でやる事に意味がある。
それは当たり前の事だ。
ニセモノで喜ぶニセモノの人生を望む者は居ない。
ただのアフロでは面白くない。
彼が「ブロッコリー」に着目したのは必然であったのかもしれない。
横を刈り上げ、アフロ的なパーマのボリュームのある頭頂部。
コレならば、何年経っても願いである「ああ…ブロッコリーの時は50歳だ」と分かる気がした。

イメージは固まった。
あとは実行するだけだ。
やるか?やらないか?であれば、彼の返事はYESしかない。
思いついた9月から、彼は丸坊主だった髪を伸ばし始めた。

丸坊主からここまで伸ばした。

半年経ち、10年前に白金髪を相談し彼を変えた美容師「胡坐style」のサカイさんに連絡した。
「お久しぶりです。10年経って50歳になります。今度は僕、ブロッコリーになりたくて…」
「久しぶりだねマツヤマ君。相変わらずだね、ブロッコリー?よくわからないけれど、いいよ、おいでよ」
かくしてブロッコリー計画は実行される事になる。

計画は2段階である。
1、まずはパーマでブロッコリーを整形する。
2、髪をブリーチし、緑色に染める。
精緻かつ完璧な計画である。

サイドをカット!ブロッコリーに近づく!胸が高鳴る!そこにシビれる!憧れるゥ!!ウリリリリィ!貴様は今まで食べたパンの数を覚えているのかjojoよ!!

パーマ!ふわふわにしてもらうのだ!

まずは第一段階を終えた。

目標はHUNTER×HUNTERのカキン王ナスビー=ホイコーロの婚外子「ブロッコ=リー」であるが、第一段階を終えた彼はスラムダンクの「宮城リョータ」に憧れた少年のようであった。

第一段階完了!次は緑に髪を染めるっ!

髪が伸びて来て緑が黒になったら短く切っちゃうので数ヶ月のブロッコリー生活だけとそれでいいのだ。
ブロッコリーになると決めて、ちゃんとブロッコリーになる事に意味がある!やらずに死ぬか?やってから死ぬか?と選択したら?
僕はやってから死ぬを選ぶ!姉ちゃん明日って今さッ!!

宮城リョータで2週間過ごす。
緑化予定日、ブロッコリー計画第二段階の決行日は3月31日である。

 

#虹バトン 活動のまとめ

虹バトンは、2020年3月より社会に多くの影響を与えた「新型コロナウィルス」の社会不安の中、静岡県浜松市の株式会社マツヤマデザインの代表取締役松山拓也が、同2020年4月20日に会社の窓から見える「浜松労災病院」の関係者と入院患者に向けてエールを送るべく、株式会社マツヤマデザインの南面の窓に虹の絵と「病院の皆様 WE RESPECT YOU(私たちはあなたを応援し、尊敬しています)」というメッセージを掲示したことから始まった活動です。

2020年4月20日の松山拓也 フェィスブックより引用

医療関係者の皆様

患者の皆様

頑張ってください。

 

朝の来ない夜は無く

止まない雨もありません

嵐の後には虹がでます。

 

その日まで頑張れ!

心から応援しています

 

「病院の皆様 WE RESPECT YOU(私たちはあなたを応援し、尊敬しています)」

という短い言葉にしました。

僕の大好きだったおばあちゃん、もう亡くなってしまったけど、岩本和子ばあちゃん(僕の母親の母)のいつも使っていたマグカップに書かれていた言葉。今でも覚えています。

 

「朝の来ない夜も無く、乾かない涙もありません」

 

今は本当に大変な時だけど、これを乗り越えればきっとあの素敵な毎日が帰ってくる。

つらい日々、苦しい日々。大きな嵐、雨がやんだら、青い空に虹が出るはずです。

その日を信じる大きな虹。早く嵐がやんで虹がかかりますように。

 

尊敬しています。応援しています。頑張ってください。僕らは想いを伝えることしかできないけれど、このメッセージが少しでも届けば僕たちは嬉しく思います。

全国の医療関係者の皆様、マツヤマデザインの窓から見える労災病院の皆様。お医者さんも看護師さんも大変な時に入院している患者さんも、支えてくれる医療関係者の皆様も。ありがとうございます。心から尊敬し、応援しています。頑張って下さい。

 

株式会社マツヤマデザイン スタッフ一同。


 

 

 

この行動をフェイスブックに掲載したところ、多くのコメントやシェアの反響があり、松山拓也の友人である静岡県掛川市の株式会社ママバトン杉山有希子は、友人やフェイスブックで紹介し、ステイホームとして自宅で子供と過ごしている主婦層を中心に、虹の絵を窓に飾る活動が広がる。この活動は「#虹バトン」と名付けられ、杉山有希子は、2020年4月22日の#虹バトン②から30回にわたる活動を紹介する活動を始める。

 

 

2020年5月6日、静岡県を中心とした虹の絵を飾る広がりに注目した、静岡第一テレビにより、#虹バトンとして紹介される。

 

 

また、広がりは家庭の窓だけにとどまらず、伊豆箱根鉄道のヘッドマークや公共施設、藤枝駅北口には、藤枝MYFC様が虹バトンを飾るなど広がりを見せ、全国100か所を超え福島県 大阪府 三重県 和歌山県などでも虹の絵を飾る活動が始まる。

 

2020年5月13日、株式会社マツヤマデザインに「浜松労災病院」より「地域からも応援されていると知り感動した」等の病院で従事するスタッフからの感謝の寄せ書きの手紙が届く。松山拓也は『窓に勝手に虹を張って、「リスペクトしています。」なんて書いて、それがテレビのニュースに取り上げられてしまったから「勝手にやって怒られるのだろうか…」と心配した』という。

 

2020年7月3日、緊急事態宣言の解除を受けて、株式会社マツヤマデザインの窓より虹のイラストの掲示を解除する。

 

この活動により2020年4月20日からの約2か月に渡り「#虹バトン」として、静岡県では、浜松市17か所、掛川市17か所、磐田市13か所、袋井市11か所、伊豆の国市焼津市、島田市、富士市、御前崎市、菊川市、静岡市、藤枝市、小山町、伊豆市、修善寺、浜北、長泉、。静岡県外では大阪、三重、福島、和歌山と計100か所以上の広がりをみせ多くの虹の絵の掲示が「#虹バトン」として行われた。

 

 

虹バトン #虹バトン 活動のまとめ

 

 

 

テレワークの実践の旅

2020年7月31日
【テレワークの実践の旅に出ます】
【新しい生活様式の実験として働きます】

今夜から旅に出ます。テントを持ってキャンプ旅です。人里離れたキャンプ地で、ご飯を食べて、仕事をして、テントで寝ます。
2週間。
一人で出かけます。

携帯の電波が届くところであれば、僕の仕事は「たぶん」進みます。できるはずだと思います。

旅に出るときに時々聞かれる言葉。「それ、仕事なの?遊びなの?」。今回はハッキリ言います。仕事をします。そして旅もします。と。

一般的な旅のイメージは、例えば財産が100万円あったとしたら、毎日98万円、96万円…と目減りしていき、30万円になっちゃったから、帰ってきてまた働く。というような感じなのか思います。
でも、今回の旅は違います。
仕事をし、1日経ったら103万円、3日経ったら110万円、5日経ったら120万円。と、財産が増えていくイメージです(実際は会社なので僕のポケットではなく会社の売上となりますが)。
テントで仕事もできるはず、原稿を書き、チェックをし、HPやイメージを作り、送られて来たPDFやhpを修正し構築し、イメージを作り上げる。それが僕の仕事です。当然、会社である株式会社マツヤマデザインは営業中マサとタカノも事務所で働いています(お盆休みは8/8~8/16です)

ノートパソコンを持って行こうかとも思いましたがやめました。その代わり、大学ノートとペンを持って行くつもりです。村松伸さんと東大で買った「東京大学」のノートにしました、頭良くなる気がしません?ノートに書き込み、それを写真に撮って送る。マツヤマデザインのスタッフや仕事を引き受けて下さっている仕事仲間は10年来のお付き合い。たぶんそれで行けるはず。なんとかなるか実験です。
仕事中、でも、旅の途中。
なんだかスナフキンみたいで素敵じゃないですか。

アウトドアプロデューサーとして、キャンプ場で過ごし、多くのキャンプ場をこの目で見て、自分のテントで泊って来ようと思います。
コロナのリスクのある人気の多い場所を避け、山奥に…閉鎖しているキャンプ場に友人のコネなどで特別に泊まらせて頂いたり、予定などほとんど決めていない旅です。

持ち物は、じっくり選んだテントやバーナーなどのキャンプ道具とフライフィッシングの竿。ゆっくり読みなおしたい本、ビーチボーイズの50周年のCD、スマホと大学ノートとペン。モロイさんからもらったハンモック。ロープ、焚火台、掛川森林組合のミャウチくんに選んでもらったナタ、ゴムで膨らませるカヤック…その他たくさんです。これらの道具を、いっこづつ解説していって記事にするのもオモシロいなぁと思っています。かなりの量だから大変そうだけど…。

僕が2週間キャンプするために選んだ道具。興味のある人はいるのかしら?ともあれ、出かけます。実は前から決めて準備をしていました。

新しい生活様式
リモートワーク
テレワーク
ワーケーション
人から聞いたり、テレビで見るだけじゃ分からない。僕がこの目で、まだ見ぬ生活と、素晴らしい世界を見てみたいのです。

だから
ロッドを抱えて旅に出る。
僕は僕の旅に出掛けます。
例の言葉を言わせて下さい。

旅に出ます、探さないでください。
たくや

 

僕がキャンプ場で見た夕日。世界は美しいもので満ちているはず。色々な場所に行ってみたいのです。

ならここ明ケ島トレイル【静岡県 トレイル キャンプ】実際に歩いてみたブログ まとめ

【ならここ明ケ島トレイルについて】

 

ならここ明ケ島トレイルは、2018年にアウトドアプロデューサー松山拓也が提唱したトレイルで、新幹線駅の掛川駅を基点とした、全行程2泊3日になるトレイルである。

 

ルートとしては、新幹線掛川駅より、東海道線に乗り金谷駅、その後、大井川鐡道で福用駅に移動。無人駅である福用駅より登山を開始、八高山(はっこうさん 810m)を登ったあと、ふもとのキャンプ場「ならここの里キャンプ場」で宿泊(一泊の場合は「ならここの里キャンプ場」よりバスで掛川駅に移動することができる)。翌日はならここの里を出発し、大尾山(おびさん 670m)を経由し、炭焼の杜明ケ島キャンプ場に宿泊。三日目は炭焼の杜明ケ島キャンプ場より天竜浜名湖線の原田駅を目指す。原田駅よりJR掛川駅に移動しゴールとなる。

 

特徴としては、JR東海道線・大井川鉄道線・天竜浜名湖鉄道という3つのローカル線を利用したコースであること。冬季でも積雪が少ない静岡県遠州地方である為にシーズンを問わず歩けることがあげられる(炭焼の杜明ケ島キャンプ場は冬季閉鎖もあるので確認が必要)。テント泊を想定した60リットル、10kg以上の重さのバックパックを背負い3日間歩くため、テント泊の初心者には練習コースとして最適との声もある。課題をあげると、行程の登山道整備が進んでおらず、コース上でアスファルトの車道を歩くケースも多い(初心者には道迷いなどの心配が少なく・エスケープが容易ともいえる)。

 

また、ならここの里キャンプ場では露天風呂付きの天然温泉と山小屋での食事、フリーサイト、区画サイト、コテージやバンガローなどの設備が充実しており、トレイルの休息地として便利である。炭焼の杜明ケ島キャンプ場ではシャワーがあり利用でき、区画サイトおよびウッドデッキサイトが人気である。また、炭焼の杜明ケ島キャンプ場では携帯電話が圏外であるので注意が必要。

 

ならここ明ケ島トレイル 実際に歩いた感想記事 ブログまとめ

 

【MTB&TREKKING】明ヶ島トレイルをしてみた! | 医療機器専用電源開発の株式会社ナユタ

2018.03.17-18 ならここ明ヶ島トレイル【キタザワ】

2018.03.17-18 ならここ明ヶ島トレイル【カナスギ】

 

ならここ明ケ島トレイル 掲載誌

たびごころ掛川 vol.24 [2019年春号]

 

 

 

 

 

 

乳岩峡 新城市 登山トレイル奥三河ハイキング ブログ

早起きをしたので雨の中、レインウェアを着て乳岩峡に。

 

けっこうな雨で朝5時なので誰とも合わず、神秘的な渓谷を歩きました。汗でレインウェアの中ぐっしょり。でも「ここ日本なの?」と思うようなビックリ奇岩の中を歩く体験は素晴らしい。

 

あまりにもスケールが大きな石のアーチは写真で表現しづらいので現地でお確かめを。ピクニック気分で行くと少し危ないかも、相応の靴で行かないと怪我、もしくは事故があってもおかしくないルートです。

 

下山時は、雨で落葉から染み出したタンニンと思われる水が流れ出し綺麗な沢が「紅茶の流れる川」になっていました。

 

登りだし、朝5時、誰もいない。

結局帰って来ても誰もいなかった。

 

こーゆー道があるけれど、道しるべとかはかなり不親切。いらない情報はあるけれど、肝心の道標は朽ちているという低山あるある。

 

素敵な橋もある

 

休憩所でレインウェアを脱いで休む、この時点で汗で中もびっしょり。何故にたくさんあるレインウェアの中でゴアテックス着てこなかったか不思議。

 

ここから岩の核心ルート、というよりずーっとハシゴ。けっこう怖い。滑ったら死ぬ。

 

岩のトンネルの中、ハシゴをほぼ垂直に登って行く、雨で滑る。

 

写真で見ると楽そうに見える不思議。実際に行くと、ここも怖い。滑って落ちたら30メートルは落ちる。

 

登っても登ってもハシゴ。

 

これ、石のアーチ。

スケールが大きすぎて写真に写らず。

 

洞窟

 

素敵な道

 

絶景

 

乳岩の中から振り返って。

神秘的で少し怖い空間。

 

何故にこーゆー事になって

何故にこのまま放置してあるのか?

鳳来町さん、早く治した方がいいよ。

 

見たいところがビリビリ

 

紅茶の川

 

飲んだらアールグレイの香りがしそう。

 

神秘的ですらある。

綺麗な紅茶の色をして流れる。

登りだしの時はこんな色じゃなかった。

 

今回行った乳岩の地図。

駐車場からゆっくり行ってぐるり2時間弱。

朝のお散歩としたらなかなかいい感じ。

 

 

2018.03.17-18 ならここ明ヶ島トレイル【キタザワ】

2018年3月17日~18日 掛川でのトレイルのまとめです。

日本ではまだまだ少ない、登山の知識があまりなくても気軽に歩ける安全なトレイルコース。それを静岡県、掛川で作れないだろうか。作ってみたら面白いよね。実際のところこのコースって楽しいのだろうか。3月になってちょっとあったかくなってきたし、やってみようよ!ということで、検証に行きました。

ルートです

●1日目

掛川市役所→掛川駅(東海道線)→金谷駅(大井川鐵道に乗り換え)→福用駅(登山開始)→八高山 – 馬王平→ならここの里(お昼ご飯)→炭焼の杜 明ケ島キャンプ場(1泊)

●2日目

炭焼の杜 明ケ島キャンプ場→原田駅(天竜浜名湖線)→掛川市役所前駅 (GOAL)

こんな感じです。「楽しく歩く、ゆるゆるキャンプ」と心も軽く、当日をむかえたメンバーの2日間をレポートしたいと思います。

今回のメンバーは、男3:女4の平均年齢30代後半位、体力ある!と言える方は1名のみの、軽い登山と素敵な自然を愛する人達です。

今回泊まる明ケ島キャンプ場では、テント泊もコテージ泊もできるため、
テントは、テント泊をしたい女子3人のみが持ちました。

前日、Facebookのグループメッセージで、

「ザックつめてみたら超重いんですがー」
「私も…重いです」
「全てパックに詰め直したら、10キロでした。」
「テント、食料、水込みで11キロですー」

との会話が飛び交い、自分の荷物を計ってみたら13kg…普段登山もせず、最近した山登りと言えば、アウトドアのがっこうでの日帰り軽登山のみ。こんな荷物を持つのは本当に久しぶりなのでどうなるかと不安もありましたが、ゆるゆるキャンプだから大丈夫だろう、久々に荷物を持つのも、少しは運動不足が解消できそうだし…と自分に言い聞かせ、当日をむかえました。

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●1日目

■7:00頃 掛川駅に集合
車で来た人は掛川市役所駅前から乗り、掛川駅に向かいます。

私は家から電車でいったのでほぼ始発のような電車で掛川駅に到着しました

おはようございますーとみなさん笑顔で、ワクワク感が見える集合でした。

■7:19 掛川駅出発→東海道線で金谷駅まで。
掛川駅発の電車は、時間によってホームが変わる場合があるので注意です。

■7:48 金谷駅出発→大井川鐵道で福用駅まで。


初めて大井川鐵道に乗りました。外見も中身もレトロです。

「切符が固いよーまだこんなのあるんだね」
「シート席も、電車の連結部分も昔っぽいね」
車窓からの眺めも楽しみながら、あっという間に福用駅につきました。

今回の企画では3つの電車を使います。

・東海道線
・大井川鐵道
・天竜浜名湖線(帰り)

どこかに行こうということも最近は忘れていたので新鮮な体験でした。

■8:11 福用駅到着


ここでトイレ休憩ができます。


準備体操をして、登っていきます。

■8:40頃 登山開始

これが私です。流れに身を任せる気持ちで歩いています。

下にある白光神社で今日の無事を祈ります。

急斜面コースの方から登ります。薄着にならないと歩くのがきつい山道からはじまります。
「最初のところだけキツイよ」
本当に最初だけなのかと何度か思いますが、ある程度歩けばなだらかになるいいコースです。

実はここまで6人で登っていたのですが、

7人目のハブカさんが自転車を持って登場!浜松から自転車でここまで来て(!)この急斜面を、自転車を首にかけて登ってくるという猛者です。すごい方です。もちろん自転車は重いです。私には無理です。

林の中を歩いて行くようなコースです。途中自転車で行けます。

やっと開けたところにたどり着き

■10:40頃 チェックポイント馬王平につきました。


この後は車の走る道をひたすら歩いて行きます。

道路の真ん中にある生き物を発見

カエルです!大きいです。

どうやら産卵の時期だったようで、夫婦のカエルをたくさん見つけました。みんなでキャッキャと写真を撮っていたら、マツヤマさんよりもういいでしょの声がかかり、タイヤのくぼみに生み出された卵、今後を心配しつつ後にしました。

■11:20頃 コンクリートの車道歩き開始!

林の中の道路をひたすら歩きます。登山靴だと足が痛い!運動靴とは全然違うと思い知る6人…ハブカさんは元気薄着のため体を冷やさないように時々自転車で走って行っては戻ってを繰り返していました。自転車があるとこういう道はいいと思います。(私は担げません)

ならここの里を目指してとにかく歩きます。

とにかくとにかく歩きます。

歩きすぎて辛くなってきたので、途中で春の歌をあげていこうという企画が始まりました。

なんで自分はこんなに荷物が重いんだろうと、ついていくのに必死になりました。

荷物を持つか聞いてもらったり、大丈夫かと声をかけてもらったり、何度も人の優しさが身に染みました。一人のちっぽけさも感じました。ぜんぜんゆるゆるトレイルじゃありませんでした。とぼとぼ歩いていたらトボトボというあだ名がつきました。


川に魚がいないかのぞきます。

ならここの屋根が見えてきました。

■13:00頃

やっとならここの里につきました。11:20には到着する予定を組んでいましたがだいぶかかりました。車道を登山靴で歩くのってほんとに辛いです。荷物があるときは特に。

ならここの方に立派なしいたけをいただきました。
家で栽培されてるそうですがほんとうにぎゅっと身が詰まってずっしりしていました。


この後もガッツリ動くと思いカツカレーを食べました。カナスギさんとおそばもシェアしました。

マツヤマ隊長より、話がありました。
「この後大尾山を回ってから明ケ島まで行く予定だったけれど、このペースだと厳しいし、みんな足も痛いよね?プランBに変更しよう!」
「ならここでお風呂にも入ろう」
「やったー!」
疲れた体でお風呂に入るのは本当にいいものですね。

明ケ島まで車に乗せていってもらえることになりました。

■15:00頃
明ケ島キャンプ場を管理している(株)山田のオガサさんがるまで迎えに来てくれ、ならここを後にしました。

■16:00頃 明ケ島到着。一息ついてテント設営


ウッドデッキでテント泊は初めてです。

テントは会社のものを使わせてもらっています。自分で持ってきたテントで寝るって、ちょっとうれしいですね。

先日明ケ島で、卵の放流がありました。残念ながら川の中の卵放流ボックスは、雨でうまってしまったようでしたが、同時期にキャンプ場内の養魚場で育てている魚達は大きくなっていました!

私が会社の冷蔵庫で孵化させた一匹も、無事に泳いでいたようです。

後はみんなでご飯を食べてお酒を飲んで話をしました。オガサさんがポトフを作ってくれ、一緒に宴会に加わり、たくさんお酒を飲みました。オガサさんつながりの方々がかわるがわる遊びに来てくれました。山田の相談役が飲みやすい焼酎を教えてくれました。遅くまで話は尽きませんでした。

ならここでもらったしいたけも食べました。新鮮さが感じられるおいしい、しいたけでした。

やりきった一日でした。

↑ゼキさんのとってくれた夜空です

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●2日目 天浜線原田駅に向けて歩きます。

最初の予定では、キャンプ場から駅まで車道をずーっと歩こうと言っていましたが、「現実的に厳しいと思う」とのゼキさんからのありがたい言葉で途中から歩き出すことにしました。とは言っても結構歩きます。

■8:10


車で送ってもらい、写真の位置から歩き出すことになりました。5.4km分のショートカットです。

今日はこの5人で行きます。


お茶畑を横に、元気を出していきます。

歩いていると何度か、近所の方々に、
「どこまでいくの?」「どこから来たの?」と聞かれました。

「炭焼きから歩いてきたんだよ。昨日は八高山も歩いてね…」と
こういう交流も旅感があります。里山ならではの風景や雰囲気が味わえるのがこのルートの特長です。


途中で桜とベンチの絶景ポイントを見つけました。

一時間半くらい歩いてこのあたり


小休憩をとります。たいへんだったのでお菓子を食べながら歩いてしまいました。

■10:00 原田駅まであと6kmの地点
途中でマツヤマさんとおよげたいやきくんを歌いました。こういうことで、ちょっと元気になります。マツヤマさんはそういう提案をしてくれる人です。

だいぶ下の方まできて桜を撮りながら歩きます。

■原田高架下公園
トイレ休憩も兼ねて一休みしました。やっとここまで来たという感じ。

■11:45 やっと原田駅につきました。


リカコさんが屋台のたい焼きを買ってきてくれで1ついただきました。

本当においしかったです。(といいながらパンも食べています)

なんとか歩ききりました。

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今回のトレイルは、このコースは実際のところ歩いてみたらどうなの?ということで検証をした2日間となりました。

春は桜が見られ、カモシカも見ることができたり、カエルや(?)花も楽しめるコースでしたが、ショートカットした工程もありました。2日ではきついかもしれないので、3日間にしたら良さそうだ、とか、テントを持ち歩くのはきついからコテージ泊の方がいいね。とか、もっとこういうポイントがほしいね。と話し合うことのできる、実りある実験第一弾となったと思います。

企画をしてみる→検証してみる→反省点や良いところを見つけるというのを全力で体験できました。

本当に足が悲鳴をあげていたんですが、写真を見ると楽しそうに見えるのが不思議です。

以上キタザワのレポートでした。
(今回のレポートでも、マツヤマさん、zekiさんの撮ってくれた写真をたくさん載せています。ステキ写真ありがとうございました。)


↑荷物は重かったけれど、最後まで持ち歩いたジュースです。思い入れがあります。