マツヤマ・デザイン妖怪研修 in炭焼の杜 明ヶ島キャンプ場 まさレポート

毎年5月恒例!

会社の垣根を越えて仲間(諸先輩方達)と同じ釜の飯を食べて学べる!

春野のカヤックキャンプ(火祭りもあるよ!)

が、

なんと今年は開催できませんでした・・・

 

皆さん人気物で・・(あの人は大型のイベント開催依頼が・・この人は県外から緊急ヘルプが・・・)

そんなコンナで今年は、例年とは少し違った形での研修キャンプ。
他の諸先輩方グループとの合流は無くマツヤマ・デザインスタッフを中心とした9名での開催となりました。

キャンプ数日前の突然の松山の発表!

「今回は妖怪講義をします。あなたの思う“妖怪とは”をキャンプ前に提出しとくと、より一層楽しめるよ~」
「当日は座学を1時間・実地テストを1時間やるからね~」

との話にみんなドキドキ・ワクワク

妖怪ってこんな感じかな?を思い思いに文書化したり、
当日のテストって何だろうとオドオドしたり。

 

なんでマツヤマ・デザインが【妖怪講義?】

■デザインと関係あるの?

■アウトドアの思想とかかな?

■広告の手法的な話と絡めてくれても面白そう?

■大谷さん(法多山住職)とも友達の松山さんの宗教学ってのも絶対おもしろそう~

 

今回の題材の「妖怪」って言うキーワードから学べそうな事、楽しそうな事、想像するとイロイロと出てきますが、

松山さんの講義って事は
もしかして肝試し的な「びっくり・ドッキリ・ワーキャー イベント」かも?
なんて想像も出てくる・・

マツヤマ・デザイン常駐スタッフだけじゃなく
ゼキさんや、元スタッフの瞳さん、4月の大学卒業後にマツヤマ・デザイン入社を目論んでいる土井ちゃんも
「私の考える妖怪とは」レポートを提出して迎える当日・・

そして夕方の「妖怪講義」スタート。

 

いや~

イイネ!

マツヤマ・デザインの研修面白いよ!(自画自賛)

松山さんスゴイよ~! 良いよ~!(知ってたけど)

みんな来た方が良いよ!(ホントに来られたら困るけど)

 

アレを、その様に定義して、
あちらと並列に見て、
コレを体験する価値をミイダシマスカ・・

 

松山拓也(44歳)の本気。見せて頂きました。

松山さんの考え方の面白さを再確認。パートナーとして隣にいれる事の価値を再確認した研修キャンプでした。

2018.05.25社員研修キャンプ「妖怪の講義」【タカノ】

「妖怪の講義」タカノの研修レポートです。

毎年恒例5月の社員研修キャンプ、
今年はいつもの「秋葉山キャンプ場」から場所を変え、
掛川市の「炭焼の杜 明ヶ島キャンプ場」で研修を行いました。

そして今回のテーマは『妖怪』です。

研修の3日前、松山さんからこんな話がありました。
「今回は妖怪についての講義をします。きっとデザインをする上で役に立つから…。各自、自分の思う妖怪を事前にレポートにして提出してください。ネットや本で調べずに書いてね。」

はてさて、うーん、妖怪についてね~?
河童、天狗、座敷わらし…。何だろうね、妖怪って?
頭の中でグルグル思考を巡らせながら、自分なりに考えをまとめてみました。

これが研修前の「僕が思う妖怪」です。
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妖怪は人の心理を具現化したモノ。

昔の人は恐れや災いなど、またその逆で良い事も、

目に見えない事、見えにくい事を妖怪のせいにして、イメージ、認識の共通化を図った。

また、それを利用して商売や政治を行い人の心理を操るのに使われたのが妖怪。

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そして研修当日。
早めの夕飯を終え6時を過ぎて日が落ちてきた頃、妖怪の講義が始まりました。

はじめに各自が自分の思う妖怪を発表しました。同じ様な意見がでたり、まったく違った捉え方があったり、人によって様々です。その後に松山さんから妖怪についての説明を聞く流れで講義が進んで行きました。

妖怪にはいくつかあって、物語としての妖怪や、躾や戒め、神様と同一視された妖怪。
また、民間伝承としての妖怪や、山の民など人を妖怪と見間違えていた時代だったり、科学的に証明された現象が昔は妖怪の仕業と考えられていたり、キャラクターとして人が作り出した妖怪があったり、「妖怪」って言葉も歴史は意外と浅く江戸時代後期からだそうです。

ひとくくりに妖怪と言っても認識は様々で、自分が最初に思い描いた妖怪像もこのひとつになるって事なんだと分かりました。

「では、なぜ?妖怪が生まれたのでしょうか?」
講義は続きます。

人は、美しい、楽しい、綺麗といったモノが好きです。
そして、そういった景色やモノを見ると感動します。
これは、温度計のメモリ部分で言うところのプラス側です。

反対のメモリ、マイナス側は、
嫌だ、怖い、悲しいなどの感情です。
このマイナス側の理屈や科学で説明できないもの、
ホウキとチリトリで掬いきれないゴミやチリがごちゃ混ぜになった様なもの、
よく分からないものに言葉と絵をつけたのが「妖怪」なんだそうです。

なるほど、

だから妖怪についての認識は様々で、よく分からない恐ろしいもので、
時代とともに変わったり消えてしまったりしたんですね。

「では、なぜ?妖怪とデザイン?」と言う部分です。

松山さんの師匠である塩田先生がおっしゃった言葉を教えてもらいました。
「デザインは、英語でいうと、プラン、コンセプト、理屈を超えた、感覚的なもの」なんだそうです。

たしかにそう考えると妖怪とデザインの関係性が見えてきます。(ガッテン!)

デザインは、温度計のメモリのプラス側にあります。
理屈ではなく、美しい、楽しい、綺麗といった心の部分。
このメモリを大きくするには、メモリの振り幅を大きくしないといけない様です。
マイナス側を見ないと、感じないとダメだという事です。

昔は、美しいと感じる体験や、妖怪のモトになった不思議な体験が身近にありました。
気づきやすい環境にいたからです。それは自然が側にあったからだです。
最近では便利と引き換えに感覚にうったえることが少なくなった様に思えます。
「コスト(時間)をかけないと感じることできない時代になった」と教わりました。


マツヤマ・デザインの研修で、自然が豊かな場所に行くこと、自然の中で体験することに、今回の講義を受けてあらためて納得しました。(ガッテン!)また、そんな所へ毎度毎度行かせてもらっている事にも本当に感謝です。

温度計の振り幅が大きくなる様、今までイヤで見ないようにしていた事、マイナス側のメモリに目を向け、時には怖いもの見たさでもいいから好奇心をもって過ごしていこうと思います。

以上、タカノのレポートでした。

明ケ島 妖怪研修レポート 5月25日~26日【オオバ】

毎年恒例の秋葉山キャンプですが、今年は少し毛色が変わり、炭焼きの杜 明ケ島キャンプ場にて行われることとなりました。昨年に続き2回目の参加となる、オオバのレポートです。
場所が変わった為なのかは分かりませんが、昨年は無かった、研修の「テーマ」を設けたと、ある日突然マツヤマさんから告げられた所から、今回の研修はすでに始まっていたのでした。

そのテーマとは、「妖怪」について。
「私が思う妖怪とは何か」というレポートを、全員が事前に提出し、今回の研修へと挑みました。

私はちょうど、マツヤマさんからお借りした、京極夏彦の「巷説百物語」という本を読んでいる最中でした。

舞台は江戸、登場人物たちが怪異や妖怪にまつわる不可解な事件を解決していく物語。一件妖怪の仕業の様な奇怪な出来事が起きますが、その実は、人間の欲や業による哀しい事件であったりするのです。
この本に大分引っ張られる形になりましたが、私の思う「妖怪」とは以下のように考えました。

『当時の科学では解明できない不思議な現象を説明するために、架空の「生物」や「物語」としてをつくり出されたもの。人に伝わりやすい、後々に語り継いで行ける様、物語りの形式をとったのではないか。目的としては2つあると考え、1つ目は、してはならないこと、注意するべきこと(場所)がある時に、教訓めいて使用される。2つ目は、悲しい出来事があったときに(子どもが行方不明等)、何かのせいにして慰める為ではないだろうか。』

この様にレポートを提出した際のマツヤマさんの反応は、
「いいねぇ~(ニヤリ)」
おそらく想定の範疇だったのでしょう(笑)。
そして、用意されている答えは、もっと違う形のものなのでしょう。
研修の日まで、さらに妖怪ってなんだろうと考えて過ごしましたが、答えらしきものは出ず、当日を迎える事となりました。

研修は朝一から始まるのですが、私は仕事がどうしても片付かず、16時より現地にて合流しました。ちょうどゼキさんがお昼寝をし、他のMDメンバーは川で遊んだりフライをしているところにでした。

今回はインターンのドイさん、そして、昨年まで一緒にお仕事をしてくれていたヒトミさんも一緒です。私を含め9名での研修となります。

 


夕飯のすき焼きを作り食べ、日が傾いてきたところからマツヤマさんの「妖怪講義」が始まりました。

 

事前に提出したレポートを各自読み上げます。
マツヤマさんを除く、8名分のレポートになると、視点や表現もまたそれぞれに変わるものだなと実感します。
私としては、ヒトミさんの人の心を映す「鏡」という表現が美しいと思い、カナスギさんの「一種のカテゴライズ」という考察になるほど!と思わされました。

普段仕事で顔を合わせていても、同一の案件で議論するという機会にはなかなか恵まれません。こうして一つの物ごとに、みんなであれやこれやと意見を言い合い、違う視点を貰えることも、研修の一つの成果であるなと思います。
これからどんなに時代が進み、遠隔勤務などが増えていっても、直接言葉を交わす時間、コミュニケーションは無くしてはいけないと痛感します。

各自のレポート発表後、松山さんからの「答え合せ」がありました。
皆さんにも共有できる様、順を追って書いていきたいと思います。

・まず、妖怪と幽霊は別物です。幽霊は個人が特定できますが(あの辺りには○○さんの幽霊が出る!など)、妖怪は違います。
・そもそも「妖怪」という言葉が出始めたのはいつからでしょう?それは江戸時代の後期からです。
・では、それ以前には「妖怪」は居なかったのでしょうか?いいえ、そんなことは有りません。「何か」が居ました。

その「何か」こそが妖怪の素なのです。

「何か」のルーツは、明治43年に発表された、柳田國男の説話集「遠野物語」にあります。
これは、当時学生であった佐々木 喜善の語った遠野地方の伝承を書き記したもので、特に教訓めいたり落ちがあったりするわけでは無い、事実かどうかの判断もできない、地方の伝承をただ書き記していったものです。

例えば、このような話が有ります。
死助の山には5月の閑古鳥の鳴く頃になるとカッコ花が咲き、遠野の女や子供達はこれを採りに山へ行く。酢に漬けておけば紫色になり、酸漿の実のように吹いて遊ぶこともあり、若い者達の恰好の娯楽となっている。(50話)

山には様々な鳥が生息しているが、最も寂しい声で鳴くのはオット鳥である。夏の夜中に大槌町の方からやって来る駄賃付けの者などが峠を越える際、谷底の方から聞こえてくるという。この泣き声には謂れがあり、かつて長者の娘が親しくしていた男と山へ行った時のこと、気がつくと男の姿を見失ってしまったという。娘は夜になるまで探し続けたが、結局見つける事ができず、終に鳥になり、哀れな泣き声で探し続けているという。(51話)

郭公と時鳥は前世で姉妹であったと伝えられている。ある時、姉が掘った芋を焼き、周りの堅い部分を自分が食べ、真ん中の部分を妹に与えた。すると、妹は姉がおいしい部分を独り占めしているものと考え、憎らしくなり姉を包丁で殺してしまった。姉は鳥になり、方言で堅い部分を意味する「ガンコ、ガンコ」と鳴いて飛び去ってしまった。妹は姉が自分によい部分をくれていたのだと気づくも悔恨にさいなまれ、同じく鳥となって「包丁かけた」と鳴いているのだという。(53話)

この時点では「妖怪」という言葉も、妖怪の名も出ては来ませんが、気味の悪い「何か」の存在感、影を感じることができます。
それは、当時の科学で説明できない、とはいえ神様とも言えない「何か」
何にもカテゴライズできない、残り物。残滓。

それがすなわち後に「妖怪」と呼ばれるものの正体なのです。

そして、その後江戸時代に登場したのが『画図百鬼夜行』で有名な鳥山石燕。ついに「妖怪」が名前と姿をもって現れます。
そして、近年では皆が知る水木しげるも登場し、妖怪はよりキャラクター的に、もの語りも肉付けされ、広く語られるようになっていきます。

デザインを考案する過程で、マツヤマさんは良く「呪」の話をされます。
夢枕獏の「陰陽師」のなかにも登場する、ある「ものごと」に「呪」をかけることによって、そのものが成り立つという話が有ります。
一番短い呪は「名前」だと言われ、石には「石」という呪が、砂には「砂」という呪がかけられている。人間にももちろん「姓+名」の呪がかかっている。

デザインとは、まだ名前の無い「なんか良いモノ」に名前や色などの「呪」をかけて形にしていくものなのです。

つまり、それは今回の「妖怪」誕生までの過程と、とても近しいものであったのです。

なんだか良いもの・美しいものに「呪」をかけるのが、私たちの仕事(デザイン)なのだとすると、対極にある、なんだか怖いもの・嫌な物に「呪」をかけたのが『妖怪』。

私たちは仕事柄もあり「良いもの・美しいもの・面白いもの」へのアンテナは張っていますが、「怖いもの・気味の悪いもの」には目を伏せ、蓋をしがちです。

しかし、この対極にある2つの感情・感覚は、振り子のように一対のものであるとも考えられます。どちらか一方では成り立たない、光があるから闇がある、闇があるから光を感じるような、つながった一枚の布の上にあるものなのです。

「美しいもの」への感覚を研ぎ澄ませるには、同様に「怖いもの、気味の悪いもの」への感覚も決して無視はできないのです。振り子のふり幅を広げるためには、両方の世界への興味と理解が必要なのです。

電気が無く、今よりも暗闇が多かった時代と違い、近年では、「怖いもの・気味の悪いもの」に触れる機会もぐっと減ってしまっているのだと思います。だからこそ忘れてしまいがちですが、綺麗なものを見たい!と思う感情と同様に、無くしてはならないな、と思いました。

そして、私たちが普段行っているアウトドア活動は、暗闇や危機感に触れる機会が通常の生活よりも多くあると思います。これは「もう一つの感情」のふり幅を増やす貴重な機会にもなっているのかもしれません。

なんと、この「妖怪講義」には、最後に「実習」が設けられていました。
何とも斬新な研修です。実習で使われたのは、マツヤマさん愛用の「御朱印帳」でした。しかし物質的にはただの紙と布です。それが大活躍したのですが詳しい内容は秘密です。

ただの紙に価値をもたらす。これも「呪」だな、「デザイン」だな、と感じた夜でした。

テントに戻ったらゼキさんがこんな写真を撮っていました。

月のの外側に光る輪っか。偶然あらわれた神々しい光景。妖怪講義の日に現れるなんて、何かの予兆かもしれない…と、つい考えてしまいそうなシチュエーションでした。

昨年のカヤックも、とても楽しく有意義な体験でした。今年の研修はまた違った角度から「学んだ」と実感できるものでした。

今年の春から、私はシオダ先生のマーケティング・ソフト研究会に参加させて頂いています。私の力量ではまだ早いのではと思いましたが、マツヤマさんの思う所も感じ取れましたので、お言葉に甘え、お勉強させて頂くことにいたしました。

ちょうど5月末の講義で教わったのが「仮設検証法」というものでした。その中で、
「企画とはプランの事ではないんだよ。プランとは計画の事で、企画とはデザインなんだ。
デザインを実現するための過程がプランなんだ。」
「そして、それは人の心の奥底に眠っているものなんだ。」
「コンピューターや数字、理屈や予測では測れないものなんだ。」
というお話が有りました。

その、コンピュータで測れない、予測のできないものを、机上ではなく実体験させて貰えたのが今回の研修でした。私とっては、言葉でも体験でも学ばせて頂いた、とても貴重でお得な機会となりました。
だからこそ還元していかないと、と思います。

これから、先生のセミナーも佳境に入り、アウトドア的にも外に出やすいシーズンになります。(キャンプは暑いけど。)今回学んだもの、これから学ばせて頂くものを、机の上でも屋外でも今一度かみしめて、より多くのものを吸収したいと思います。そして、仕事の上でアウトプットできるようにしていきたいです。

アウトプット面での実力もまだ足りないと感じますが(だから研修にも遅刻してしまったのですが…)、インプットには「今、この時」がとても大切だと様々な場面で気づかされます。「また後で」ではだめなのです。後や次は無いのです。
貴重な体験をした直後だからこそ、この感覚が残っているうちに、どんどん外に出ていきたいと思います。

ということで、今週末はキャンプ(プライベート)、来週からは「アウトドアの学校」1日目!
楽しんで頑張りたいと思います!

【オオバ】

アマゴの発眼卵の放流を行いました。2017.11


2017年11月29日、炭焼の杜キャンプ場の前を流れる渓流に、「アマゴの発眼卵(孵化直前の卵)」1万匹の放流を行いました。

天気も良く、色づいた葉っぱが舞い落ちる中、順調に作業を行うことができました。

炭焼の杜明ヶ島キャンプ場は、2017年今期、予想を上回る入場者をお迎えすることが出来、11月末で冬季閉鎖を迎えます(ライフラインである水道が凍ってしまうためです)

2018年、来春の再会に向けて設備を補強すると共に、炭焼の杜キャンプ場の前を流れる渓流に、「炭焼の杜 フライ・テンカラ キャッチ&リリース専用管理釣り場」を作ります。

横を流れる川に魚を保護し、増やす目的の為のアマゴの自然渓流で完全キャッチ&リリースの釣り場を作り、魚を保護し、子供たちに生態系の大切さを教える場を作ろうという活動を始めました。

大人達は、楽しみながら釣り、一匹も魚を殺さない、逆に釣りをすることで、魚を保護し増やす基金に協力する仕組みを作ります。
子供たちは、魚を放流したり、時には自分でフライで釣り、自然のサイクルを学び、「奪わず、護る」自然との付き合い方を学べる場です。

そのプロジェクトの呼び名を「炭焼の杜 明ヶ島キャンプ場 魚の頭を踏んで歩くプロジェクト」と名づけました。
(当プロジェクトの趣旨や願いはこちらをご覧ください)

その話を掛川で話したところ、JFFのキクチさんが協力してくださり、先日、ジャパン・フライフィッシャーズ(JFF)の名誉会長の佐藤盛男様に炭焼の杜キャンプ場に来訪頂き、魚を自然渓流の中で増やす為の発眼卵放流のやり方のレクチャーと現地を視察して頂きました。

直に素晴らしい先達である佐藤様に教えを請う機会を頂き、本当に貴重な経験をすることが出来ました。

今回の放流では申請書を出し、バイバードボックスの使用許可を無事いただくことができました。

このボックスが卵が稚魚になるまでの間、カニなどの敵から保護し、ゴミが入るのを防ぐ役割を果たします。

1つのBOXに卵が500個になるように分け入れます。


ボックスをかごに入れ、周りに小石を敷き詰め、先日、視察の時に指導のもと選んでいただいた場所に、流されないようにしっかりと設置して完成です。


無事に成長してくれることを願いながら、川を後にしました。

発眼卵放流のメリットとして、このようなことが挙げられます。

・卵から川で育つことで、より自然に近い環境で育った魚を増やすことができます。

・卵の栄養をすべて取り込んだ魚だけが、バイバードボックスを抜けられる仕組みになっているため、外敵から守られながら成長し、川に出ていくことができます。

設置した卵は、1ヶ月ほどでボックスから出ていく予定となっております。

魚を護り、「魚の頭を踏んで歩けるほど」の川にするためには、一年や二年では出来ませんが、こうして夢見たことを実現して行くスタートを切れたことは本当に嬉しいことです。

私たちが釣りを楽しんだり、川で遊ぶことができるのは、きれいな川が残っているからこそです。将来の自然のために、今出来る事を実行していくということは、とても大切なことだと思います。実際に放流を体験してみて、自然を守っていきたいという気持ちがより強くなりました。来年に魚の成長が見られることを祈ります。

多くの方にご協力いただき心から感謝いたします。
また、今後ともこのような活動にご理解とご協力を心からお願い申し上げます。

アウトドアの学校 2017 第四期 – 第三回体験登山の様子について

11/25(土)アウトドアの学校 第三回目は体験登山です。登山と言っても辛いものではありません。

「頂上を目指さない 富士山さんぽ」の著者、鈴木渉さんの案内による気持ちのいいハイキングの様子を、キタザワがレポートいたします。

■5:30
掛川市役所集合

登山の朝は総じて早いものですが、この日も真っ暗な時間から集合です。

今日への意気込みか、「おはようございます」の声も力強く聞こえる気がしました。

ここから講師・スタッフの車3台に分かれて水ヶ塚駐車場へ向かいます。

日が昇り、富士山の姿が車から見えたときの「きれい!」「上は寒そうだね」と期待がふくらみます。

■7:30
山宮浅間神社

浅間大社の元となった神社で今日の無事を祈ります。

階段の上まで登ると奥に富士山の姿を見ることができ、写真を撮っている生徒さんもいました。

講師の渉さんが、神社の石の由来なども教えてくれました。

■8:30
水ヶ塚駐車場に到着

現地集合の生徒さんはここから合流です。

駐車場から見える、青空に浮かぶ富士山に「ステキ!」「大きい~!」「きれい!」と、不安よりも楽しみな声が聞こえてきます。

■9:15
登山口で説明を聞いた後、いよいよ登りはじめます。

登り始め早々にやまぶどうを見つけ、みんなで一粒ずつ食べながら「すっぱい!」「うめぼしよりすっぱい気がする」と感想を言い合います。歩いていて「きもちいい」「空気がいい」という声がありました。

霜柱も立派で「これはどうやってできているんだろう」「なんだか食べたいね」「鍋に入ってるアレみたい」と盛り上がり、写真を撮っていました。

ゆったりと散歩するように登ります。ほとんど横移動で、傾斜がきついところはごく僅かなので辛くありません。

講師の渉さんが、山の植物の豆知識や、見落としてしまうような場所にある大きなつららや、場所についての説明を、時々止まりながら聞かせてくれます。

写真を撮るために止まることも何度もあり、皆さん疲れることなく前に進んでいました。

まつぼっくりや曲がった木の枝、入浴剤のにおいがする木の葉っぱが、前の人から回ってきて、「これはなに」「ほんとに匂いがする」「これはレモンみたい」と、楽しげな場面もありました。

不思議な形の倒木の前でも「ひつじがいる」「リャマじゃない?」と、立ち止まってまじまじと観察をします。

みんなで何にも音を立てずに、山の無音を楽しんだりもしました。

■10:40
小休憩

リュックをおろして、軽く休憩です。チョコを回したり、柿ピーについての話が聞こえてきましたよ。お菓子についても「でもお高いんでしょう」のワードを聞く事が出来ました。

歩いている途中には、道具の説明もありました。ストックの正しい持ち方、紐の持ち方で腕の疲れが全く変わること。高いストックと安いストックの機能の違い。ハイドレーション(ストロー付の水筒のようなもの)の正しい使い方。

なんでもすぐに聞けるのがアウトドアの学校です。

■11:30
ちょっと早目のお昼です。

山ではおいしいカップラーメン、お湯を入れるだけのカレーや温めるだけのご飯、手作りのお弁当、フリーズドライの豚汁についておいしさを語り合ったりしました。

カメラ講座の不思議写真を休憩中に教わりながら、技を身に着けている生徒さんもいましたよ。

■12:20
歩き始め

山で必須の地図について、講師の渉さんから説明がありました。地図にもいくつか種類があり、見ないと覚えないこと。見て慣れていくことが大事だということです。

しばらく歩いてから、四辻への傾斜を登ります。森林限界に向かうためどんどん木が低くなっていきます。

「ここでみなさん振り返ってみてください」

その言葉で後ろを見てみると…

■13:20
四辻に到着!

伊豆半島から房総半島まで見渡せる、高いところに来ていました!

数秒眺めて広い場所に移動したら一休み。同じ景色なのにステキすぎてシャッターを何度も押したり、動画を撮ったり、みんなで寝転んで空を見てみたり…

「背中で富士山を感じてみたい」今回の名言です。

実はこの日の2日前に講師とOGの方々が同じ場所に来ていましたが、ガス状態で右も左も真っ白でした。山の天気は差が激しいですね。

「一昨日の動画を見て身構えていたけれど、今回のコンディションに口角があがりっぱなしです!」との声もありました。

みなさん座ったり寝転がってみたり楽しく話したり、もっとここにいたい!という雰囲気でした。

■14:10ごろ
そろそろ下山

下りでも、木についた鹿の角のとぎ跡を見つけたり、周りを見つつ歩きます。

私のCチームでは、さわり心地のよいコケを見つけるべく色々なコケをさわりながら「これはフカフカでいいね」「こっちは固い」「隣にあるのに固さが全然違う!」と、盛り上がっていました!コケにもいろいろありますね。

途中小休憩をはさみ、ゆっくり下山しました。

■16:30
水ヶ塚駐車場

同じ場所までぐるっと歩いて戻りました。最後は全員にハイタッチ!皆さん無事に帰ってくることができました。

駐車場から見る富士山は、夕方の光の中、どっしりとした影ができて力強く見えました。

■19:30ごろ
掛川市役所 まとめ、解散

今回の登山の感想です。
「楽しかったです」
「幸せでした」
「めちゃくちゃ楽しかったです」
「良かったです」
と、皆さんにっこりしていました。

最後に講師からこんな話がありました。

山は、楽しみ方を教えてもらう人がいればこそ楽しいものです。何も知らない状態で行っても、ただ道があるだけ、野原があるだけ。誰に教わるか、どう楽しむかで変わってしまいます。

また、仲間と登るということも、より楽しむための方法です。一人で登る良さはもちろんありますが、仲間と一緒だとより楽しくなることがたくさんあります。

素晴らしい天気でしたが、これが山を好きになるきっかけになってくれたらうれしいです。

アウトドアを楽しむことが人生を楽しむ方法の一つになってくれたらと思います。

今回はとても運のいい快晴での山歩きを体験でき、たくさんの歓声を聞く事ができました。

「こんな景色を見れることは一生に何度もないと思います。」この言葉通り、かけがえのない体験だったなと思いました。

「楽しい仲間と登れたこと」「何気ないことから見つけ出された新しい発見」「教えてもらったこと」「見たという事実」

得られたものがいくつもありました。

2017/08/25-26 椹島 大井川フライフィッシング研修【オオバ】

8月の25日・26日と、さわらじまの山小屋に泊まり、大井川源流特定区釣り場でのフライフィッシングに連れて行って頂きました。今回のメンバーはマツヤマさんとキタザワさんそして私オオバの3人です。キタザワさんは今回が初めてのフライとなります!

まず、出だしから驚いたこと。
静岡県にある「つの」の秘密。

↓この部分

どうしてこんな形をしているのか。
地形の問題かと想像しましたが、違いました。理由は、この場所がかつてとある人物の所有地だったからなのです。

起源はこうです。(特殊東海製紙株式会社HPより)
明治28年、東海製紙の創業者『大倉喜八郎』が、酒井家からこの土地を購入。購入後ただちに山林調査を依頼。その結果豊富な森林資源・水資源を有する事が判明。木材資源と大井川での水力発電を組み合わせた事業が東海製紙(現:特殊東海製紙株式会)の起源となった。

つまり『大倉喜八郎』が購入し、現在では「特殊東海製紙株式会」の社有林であり、完全に民間が管理している土地(そして山小屋・管理釣り場も)なのです。ちなみに、日本国内で民間が所有する1団地としては最も広く、東京のJR山手線で囲まれる面積の4~5倍に相当するそうです。

これだけの広大な土地を、民間企業が管理しているという事。そして雄大な自然を保護し、多くの登山客の出発点やベースになっているという事実に大変驚かされました。
静岡県の「つの」にこんな事実があったなんて。世界は、まだまだ私の知らない事だらけだと感じました。


朝の3:00にMDを出発し約4時間。
更にバスに乗り換え、約1時間。
ようやく到着したと思ったら、謎の山ルールにより10分で支度をさせられ、大急ぎで川へ向かう慌ただしい事態となりました。

私は、フライ=広河原(野呂川)というなんとも贅沢な経験しかなく、今回初めて大井川での釣りとなりました。

マツヤマ師匠曰く、今日の川は渋いとの事・・・

大きな魚はなかなか出てきてくれませんが、ちいっちゃなアマゴがぴょこぴょこ出てくれました。
私はアマゴとは初対面。軽くて手ごたえが無く、合わせるのがなんと難しい事か・・・。
イワナでさえ苦労している私にとっては、
とても難易度が高いものでした。
それでも、失敗しても何度も遊んでくれるアマゴさん。

ついに、合わせることができました!

こちらはフライ初体験のキタザワさん。マツヤマ師匠にマンツーマンで教えを乞うております。
意外と負けず嫌いなキタザワさん、頑張りつづける事数時間。
初フライにしてなんと!

1匹ゲットです!

フライフィッシングは、魚が釣れなくても面白い釣りだと思っています。渓流につかり、自然の中に溶け込むという感覚自体が、すでに素晴らしいものなのです。
しかし、やはり1度釣れてしまうとその楽しさ、ワクワク感は何倍にも膨れ上がるように思います。

初めてのフライで釣れたキタザワさん。
これからもフライを好きになってくれたら嬉しいです。

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2日目は少し残念な天気でした。
早朝はザーザーとなかなかの大雨。
降ったりやんだりと不安定な天気。
川に降りてみたものの、特に反応もなし。

そんな中湯を沸かし、コーヒーを飲む。
どうしようもない時は、ただ待つ。
そこにコーヒーがあれば、
ちょっと贅沢に過ごすことができる。
そんな時間を、みんなで過ごせてよかったです。

結局この日はマツヤマさん以外、私もキタザワさんも魚と会うことはできませんでした。
それでも、私にとっては初めて入る川、初めて出会った魚。ついでに、山小屋に宿泊するのも初めての経験でした!
3つも新しい経験が出来た、意義のある研修になりました。

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帰り道にある『奥大井湖上駅』。
湖の上に浮かぶように存在する駅。
「秘境駅」に数えられたりもします。

新しい場所に出掛けると、目的地以外でも、今まで見たことのないものに出くわすことができます。それも、外に出ていくことの楽しみだなと感じます。
生きている間に、
いったいどれだけの景色を見ることが出来るのでしょうか。

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最近よく思う事は、
自由に好きな事ができる時間には限りがある、という事です。
子どもの頃は親の影響が大きく、
学生の間はお金が無かったり、
社会人の初めの数年は仕事に追われ、
子どもを持つと自分だけの時間は大幅に少なくなります。
そして子どもが巣立った時には、
いったいどれだけの体力と時間が残されているのでしょうか。

だから自由に色々な所に行ける今の私の状況は、限られた特別な瞬間だと思うのです。
正直今回も、仕事もあるし辛いかも、行けないかもと思いました。実際に前日までに仕事を詰めて終わらせてバタバタと過ごす事になりました。

それでも今、行くべきだなと思ったのです。行動を起こせるうちに、限られたこの時に、多少頑張ってでも、できるだけ色々な所に行き、
色々なものを見たい、
見ておくべきだと、そう感じます。

今までに見てきたもの、体験してきた事が沢山あればあるほど、その人は魅力的に見えますし、会話にも仕事にも生活においても、多くの引き出しを持っているなと感じます。
私の箪笥はまだスカスカで穴だらけですが、小さな引き出しを一つひとつコツコツと、作っていっている状態なのかと思います。

どれだけの大きさの箪笥に成長できるか分かりませんが、
めぐまれた状況にいる今この時に、
出来る限り行動していけたらと思います。

今回もきっかけを下さったマツヤマさん、
一緒に冒険してくれたキタザワさん、
お仕事をフォローしてくださったMDの皆さん、あと、代わりに掃除と洗濯をしてくれた旦那様、本当にありがとうございました。

オオバ